車づくりの原点：クレイモデル

車づくりの原点：クレイモデル

はじめに

車作りは、まるで芸術作品を仕上げるような、幾重もの工程を経て完成へと至ります。その中でも、車の外観デザインを決める作業は、車の印象を決定づける重要な出発点と言えるでしょう。デザイナーが頭に描いたイメージを現実世界へと具現化するために、様々な手法が用いられます。近年ではコンピューター技術が発達し、画面上で精巧な３次元模型を自由に操ることも可能になりました。しかし、実物大の模型を作るという昔ながらの作業工程は、今もなお重要な役割を担っています。粘土のような素材を用いて実物大の模型を作る工程は、デザイナーの頭に描いたイメージを手で触れられる形へと変えていく、まさに「ものづくり」の原点と言えるでしょう。この模型は、単なる飾り物ではありません。デザイナーだけでなく、開発技術者や会社の経営陣など、様々な立場の人々がこの模型を囲み、様々な角度から眺め、光を当てて陰影の変化を確かめ、時には実際に触れてみて、意見を出し合います。画面上では決して得られない、実物ならではの質感を確かめることで、デザイン上の問題点を早期に発見し、修正していくことができるのです。例えば、微妙な曲線の美しさや、光の反射具合、全体のバランスなど、画面上では気付きにくい細かな部分も、実物大の模型を通して確認することで、初めて見えてくるものがあります。このような模型を使った共同作業を通して、関係者全員が納得できるまで検討を重ね、最終的な車の形が決定されていくのです。まさに、車づくりの心臓部とも言える工程と言えるでしょう。

クレイモデルとは

模型作りに欠かせない材料、粘土を使った模型のことを「粘土模型」と言います。おもちゃで使うような普通の粘土とは違い、工業用に作られた特別な粘土を使います。この特別な粘土は柔らかく、ひび割れにくいのが特徴です。温められた粘土を手で車体に載せ、薄く延ばしていきます。まるでパン生地をこねるように、職人は粘土を丁寧に扱います。そして、ヘラのような専用の道具を使って、余分な粘土を削り取り、形を整えていきます。この作業は、熟練した職人の技術が求められます。ミリ単位の調整を繰り返し、滑らかな曲線や鋭いエッジを表現することで、本物そっくりの車が作り上げられます。粘土模型の大きさは様々です。実物大のものから、二分の一、四分の一、五分の一、八分の一、十分の一など、様々な縮尺の模型が作られます。用途に合わせて模型の大きさを変えることで、デザインの確認や空気抵抗の測定など、様々な場面で活用されています。例えば、実物大の粘土模型は、デザインの最終確認や部品の適合性を確かめるために使われます。縮小模型は、空気の流れを調べる風洞実験や、全体のデザインを確認するために用いられます。このように、粘土模型は車作りに欠かせない存在です。特に、コンピューターで描いた設計図を立体的に表現し、細部まで確認できるため、デザイナーや技術者にとって重要なツールとなっています。粘土模型は、単なる模型ではなく、職人技と最新技術が融合した、車作りの要と言えるでしょう。

クレイモデルの役割

車の開発において、粘土でできた模型、いわゆるクレイモデルは、なくてはならない存在です。その役割は大きく分けて二つあります。

一つ目は、設計者の頭の中にある、まだはっきりとした形になっていないイメージを、実際に目で見て手で触れられる形にすることです。平面の設計図だけでは、立体的な形や曲面、全体のバランスといった要素を正確に把握することは難しいです。粘土模型を作ることで、設計者は自分のイメージを具体的に表現し、細部まで確認することができます。光の当たり方や影の出方なども、実物大の模型で確認することで、デザインの完成度を高めることができます。まさに、設計者の頭の中を現実世界に繋げる架け橋のような役割を果たしているのです。

二つ目は、修正が容易である点です。粘土は、削ったり、付け足したり、形を変えることが簡単です。デザインの検討段階では、何度も修正を繰り返すことが必要です。もし、金属や樹脂などで模型を作ると、修正には大きな手間と時間がかかります。しかし、粘土模型であれば、その場で修正し、すぐに結果を確認できます。まるで彫刻家が作品を彫り進めるように、設計者は粘土模型を修正しながら、理想の形に近づけていくのです。この修正のしやすさが、自由な発想と、より洗練されたデザインの創出に繋がります。

このように、クレイモデルは、設計者のイメージを具現化し、スムーズな修正を可能にすることで、車づくりにおいて重要な役割を担っていると言えるでしょう。

製作工程

車の模型の製作は、まず土台となる骨組みに粘土を乗せるところから始まります。温めた粘土を人の手で丁寧に盛り付け、骨組みを覆っていきます。この段階では、まだ完成形を想像することは難しいかもしれません。粘土の塊が、どのようにして車の形へと変わっていくのでしょうか。

土台に粘土を乗せ終えたら、いよいよ造形作業です。専用のヘラを用いて、大きな形を削り出していきます。まるで彫刻家のように、粘土のかたまりから、徐々に車の輪郭が現れてきます。熟練の職人は、ミリ単位の繊細な作業を繰り返し、デザイナーが思い描いた通りの形を再現していきます。滑らかな曲線や、鋭く尖った角など、一つ一つの線が、最終的な完成度を左右する重要な要素となります。

大きな形が整ったら、次は細部の仕上げです。ヘッドライトやドアノブ、タイヤの溝など、細かな部分まで丁寧に作り込んでいきます。この作業は、根気と集中力が求められる、まさに職人技と言えるでしょう。

粘土の色だけでは、実車のイメージを掴むのが難しいため、色の付いた薄い膜を貼ったり、色を塗ったりすることで、より実車に近い外観に仕上げていきます。窓の部分をくり抜いた模型は、透けて見える模型と呼ばれ、座席の配置や内装のデザイン確認にも役立ちます。

近年では、まず4分の1の大きさの模型でいくつかの案を作り、その後、実物大の模型を作るのが一般的となっています。多くの模型を作り、比較検討することで、より完成度の高い車を生み出すことができるのです。

デジタル技術との融合

自動車の開発において、設計図をコンピューターで描く技術が主流となっています。設計の自由度が高まり、修正も容易になったことで、開発期間の短縮にも繋がっています。しかし、コンピューター上の設計だけでは、実物を見た時の印象や使い勝手などを正確に把握することは難しいです。そこで、粘土で出来た模型を使う方法が今でも重要な役割を担っています。

近年の技術革新により、コンピューターで描いた設計図を基に、機械で粘土模型を自動的に削り出す技術が登場しました。これにより、人の手では難しい精緻な形状も短時間で作り出すことが可能になりました。コンピューターの設計と粘土模型製作の融合は、より高品質な自動車づくりに貢献しています。コンピューターで設計した形を粘土模型で確認することで、画面上では分からなかった細部の形状や全体のバランス、実物を見た時の印象などをより具体的に把握できます。例えば、微妙な曲面の繋がりや光の反射具合、実寸大で見た時の全体の大きさなど、画面上だけでは判断が難しい要素を、実物で確認することで、より完成度の高い設計を実現できます。

また、粘土模型から得られた知見をコンピューターの設計に反映させることも容易になりました。粘土模型を３次元測定器で読み取り、コンピューターで扱えるデータに変換することで、コンピューター上の設計図を修正できます。例えば、風洞実験で粘土模型の空力特性を検証し、その結果に基づいてコンピューター上の設計を修正するといったことが可能です。このように、粘土模型とコンピューター技術は互いに影響し合い、より良い自動車づくりを支えているのです。

変わりゆくクレイモデルの価値

近年のコンピューター技術の進歩は目覚ましく、自動車の設計は画面上で行われることが多くなりました。しかし、粘土で作る自動車模型の大切さは、今も変わりません。画面の中の立体図では分かりにくい、実物ならではの大切な情報を得られるからです。

まず、粘土模型は実物大で形作られるため、全体の大きさや釣り合い、そして各部品の配置などを直感的に理解することができます。画面上では把握しにくい、実寸での存在感を確かめることができるため、設計の初期段階で全体の構成を検討する上で非常に役立ちます。

さらに、粘土模型は光の反射や陰影、そして実物の質感を正確に捉えることができます。コンピューターグラフィックスは進化を続けていますが、実物に当たる自然光による微妙な陰影や、素材そのものが持つ質感の表現は、粘土模型でしか確認することが難しい部分です。デザイナーは、粘土模型に触れ、実物と同じように光を当て、様々な角度から観察することで、デザインの完成度を高めていきます。

また、粘土模型は、設計者や製造者など、車づくりに関わる全ての人々が共通の認識を持つための、大切な話し合いの道具としての役割も担っています。皆で粘土模型を囲み、意見を出し合うことで、より良い自動車を生み出すことができるのです。画面上の図だけでは伝わりにくい細かなニュアンスや、実物を見た時の印象などを共有することで、チーム全体で理解を深め、一体感を高めることができます。

このように、粘土模型は、コンピューターでは得られない多くの利点を持っています。今後も、自動車づくりにおいて、無くてはならない大切な役割を担い続けるでしょう。